個人事業主が従業員を雇用する場合の社会保険はどうする?加入すべき保険を解説

個人事業主が事業拡大に伴い従業員を雇用する場合、避けて通れないのが「社会保険」の取り扱いです。パートやアルバイトであっても、勤務時間や日数によっては社会保険の加入義務が発生することがあります。加入すべき保険を正しく理解しておかないと、後から追加徴収や指導を受けるリスクも。本記事では、個人事業主が従業員を雇用する際に加入すべき社会保険の種類や条件、手続きのポイントについてわかりやすく解説します。

個人事業主が従業員を雇うと社会保険はどうなる?

個人事業主が従業員を雇うと社会保険はどうなる?

個人事業主として事業を運営していると、業務拡大に伴って従業員を雇用する場面が出てくるかもしれません。その際に必ず確認しておきたいのが「社会保険」の取り扱いです。従業員を雇うと、原則として社会保険の加入義務が発生するため、適切な手続きと制度理解が求められます。

この記事では、個人事業主が従業員を雇用する際に発生する社会保険の加入義務や、加入すべき保険の種類について詳しく解説します。特に、従業員の人数によって変わる義務の範囲や、個人事業主自身の加入対象外の保険など、間違えやすいポイントも明確に紹介していきます。

社会保険とは?種類とカバー範囲

まずは、個人事業主が理解しておくべき「社会保険」の基礎から見ていきましょう。社会保険とは、国が運営する公的保険制度で、労働者やその家族が病気や失業、老後の生活など、様々なリスクに備えるための制度です。具体的には、以下の5種類が該当します。

これらのうち、健康保険・厚生年金保険は「狭義の社会保険」、労災保険・雇用保険は「労働保険」とも呼ばれ、保険の運用主体や加入要件が異なります。

個人事業主としての立場で考えると、これらのうちどの保険が「従業員に対して義務化されるか」を正しく把握することが、法令遵守と従業員の安心につながります。

参考:従業員が5人以下の個人事業主が加入する社会保険は?任意適用についても解説

従業員を雇うと発生する社会保険の加入義務

従業員を雇うと発生する社会保険の加入義務

個人事業主が従業員を雇った場合、原則として社会保険の一部に加入する義務が発生します。その加入義務は、従業員の人数や業種によって異なる点に注意が必要です。

労働保険(労災保険・雇用保険)は1人でも義務

まず、従業員を1人でも雇用した時点で加入が義務づけられるのが「労働保険」です。具体的には以下の通りです。

  • 労災保険:全ての事業主に対して、原則として1人でも従業員を雇った場合に加入が義務
  • 雇用保険:週20時間以上の勤務かつ31日以上の雇用見込みがある従業員を雇用する場合に加入が必要

つまり、短時間勤務のアルバイトであっても条件を満たせば雇用保険の対象になり、社会保険の加入手続きが発生します。特に「雇った人数が少ないから大丈夫」と考えて未加入のままにしておくと、行政指導や過去分の保険料請求を受ける可能性があるため注意しましょう。

健康保険・厚生年金保険は原則「常時5人以上」から義務

一方、健康保険・厚生年金保険の加入義務は、従業員が「常時5人以上」の場合に原則として発生します。ただし、ここにはいくつか例外や特例があるため、個人事業主としての業種や従業員の勤務形態を正しく把握しておく必要があります。

例えば、士業(弁護士、税理士など)、農業、林業、漁業などの「適用除外業種」では、従業員が5人以上であっても加入義務が発生しないケースがあります。このような業種でも、希望すれば「任意適用事業所」として社会保険に加入することは可能です。

任意適用制度も存在する

従業員が5人未満でも、事業主と従業員が合意すれば社会保険(健康保険・厚生年金)に加入できる制度が「任意適用」です。これは、労使双方の同意のうえで所轄の年金事務所に申請することで適用されます。

任意適用の制度を利用することで、従業員にとっては老後や医療に関する公的保障が充実し、個人事業主にとっては福利厚生の充実による採用力の向上が期待されます。ただし、保険料の事業主負担も増えるため、経費とのバランスを考慮することが重要です。

参考:初めて従業員を雇い入れた個人事業主、社会保険はどうする?

従業員数によって変わる加入義務のルール

従業員数によって変わる加入義務のルール

個人事業主が従業員を雇用した際、どの社会保険に加入しなければならないかは「従業員の人数」によって大きく変わります。特に注意すべきなのは、労働保険(労災保険・雇用保険)は1人でも雇った時点で義務が生じる一方で、健康保険・厚生年金保険は原則5人以上の常時雇用が条件となる点です。

ここでは、従業員の人数に応じてどのような社会保険への加入義務が発生するのかを、ケース別に整理して解説します。これにより、個人事業主として法令を正しく遵守しながら、従業員の安心・信頼にもつながる環境を整えることができます。

1人でも雇用したら加入が必要な労働保険(労災保険・雇用保険)

まず、最も早く加入義務が発生するのが労働保険(労災保険・雇用保険)です。個人事業主が従業員を1人でも雇用した場合には、原則として労働保険への加入が必要です。

労災保険の加入義務

労災保険(正式名称:労働者災害補償保険)は、従業員が業務中または通勤中に負傷した場合に、その治療費や休業補償、障害補償などを支給する制度です。

  • 加入義務:従業員を1人でも雇えば必須
  • 対象:正社員、パート、アルバイトを問わず、報酬を受けて労働するすべての人

なお、個人事業主本人は労災保険の対象外ですが、「特別加入制度」により一定条件下で加入が可能です(建設業・運送業など一部業種に限る)。

雇用保険の加入義務

雇用保険は、従業員が失業した際や育児・介護休業中に給付を受けられる制度で、条件を満たす場合に加入義務が発生します。

  • 加入義務:以下の2条件を満たす場合に義務
    1. 週所定労働時間が20時間以上
    2. 31日以上の継続雇用見込みがあること

たとえパートやアルバイトであっても、この条件に該当する場合は加入手続きが必要です。

手続きの流れ

労働保険に加入するには、所轄の労働基準監督署と公共職業安定所(ハローワーク)への届出が必要です。具体的には「労働保険保険関係成立届」「雇用保険適用事業所設置届」などの書類を提出し、毎年の年度更新手続きも欠かせません。

参考:従業員を雇う個人事業主は社会保険に加入が必要?わかりやすく解説

健康保険・厚生年金保険は5人以上で原則義務化

次に、健康保険と厚生年金保険(いわゆる狭義の社会保険)についてです。これらは常時5人以上の従業員を雇用している個人事業所で原則として加入が義務づけられます。

加入が義務となる条件

  • 常時5人以上の従業員がいる
  • 法人ではなく個人事業主である
  • 以下の「適用業種」に該当していること

適用業種とは、次のような業種を指します。

適用業種 具体例
商業 小売・卸売業、飲食店など
工業 製造業、建設業など
金融業 銀行、証券、保険代理業など
サービス業 美容室、学習塾、介護事業など(除外業種あり)

一方、農業・林業・漁業、弁護士・税理士などの士業、宗教活動などは「適用除外業種」とされ、5人以上であっても原則として加入義務はありません。

加入が義務になるとどうなる?

社会保険の加入義務が発生すると、個人事業主は以下の対応が必要になります。

  • 健康保険・厚生年金保険の適用事業所として、日本年金機構へ届出
  • 保険料の事業主と従業員による折半負担
  • 従業員全員の強制加入

保険料負担が大きくなる点はネックですが、従業員にとっては安心して働ける環境となり、採用力の向上や定着率アップにもつながるでしょう。

5人未満でも「任意適用」で加入できるケースとは?

従業員が5人未満である場合でも、事業所の判断で健康保険・厚生年金保険に加入することは可能です。これを「任意適用」と呼びます。

任意適用とは?

任意適用とは、適用事業所に該当しない個人事業所でも、従業員の過半数の同意を得ることで社会保険に加入できる制度です。加入後は、適用事業所と同様に社会保険の義務と保険料負担が発生します。

  • 対象:従業員が常時5人未満の個人事業所
  • 必要条件:
    • 労使間での合意(過半数の従業員の同意)
    • 所轄の年金事務所への申請と承認

任意適用のメリット

  • 採用時における待遇面のアピールにつながる
  • 従業員の将来不安を軽減し、定着率向上が見込める
  • 出産手当金や育児休業給付金など、福利厚生が拡充

任意適用のデメリット・注意点

  • 保険料の事業主負担が増加
  • 一度加入すると、後から脱退できない
  • 法令や制度の改正により、将来的なコスト増の可能性

個人事業主にとっては、費用面での負担と制度活用のバランスを見極めることが重要です。

従業員数によって発生する社会保険の加入義務には大きな違いがあり、判断を誤ると法的リスクにもつながります。とくに「5人未満だから安心」と思い込まず、1人雇った時点で労働保険が義務になる点は必ず押さえておくべきです。

今後の事業規模拡大や法人化の検討を視野に入れるのであれば、早い段階で社会保険の整備を始めることが、事業運営の安定にもつながるでしょう。

参考:個人事業主が加入できる社会保険は?条件や従業員を雇う場合も解説

社会保険の手続きと注意点

社会保険の手続きと注意点

個人事業主が従業員を雇用し、一定の条件を満たした場合には、社会保険への加入が義務となります。社会保険に加入するには所定の手続きを経る必要がありますが、期限を過ぎたり不備があったりすると、事業主にとって重いペナルティが科されることもあります。

このセクションでは、社会保険の加入手続きの流れと必要書類、未加入時の罰則やリスク、そして保険料の負担割合について詳しく解説します。個人事業主として正しく手続きを行い、従業員に安心して働いてもらえる環境を整えましょう。

加入手続きの流れと必要書類

社会保険への加入手続きは、主に「労働保険(労災保険・雇用保険)」と「健康保険・厚生年金保険」で窓口や提出書類が異なります。

労災保険・雇用保険の手続き(労働保険)

1人でも従業員を雇用した場合は、以下の手続きを行う必要があります。

  • 労働保険関係成立届(労働基準監督署に提出)
  • 雇用保険適用事業所設置届(ハローワークに提出)
  • 雇用保険被保険者資格取得届(従業員ごとに提出)

提出期限は原則、雇用開始から10日以内となっており、早めの対応が求められます。

健康保険・厚生年金保険の手続き(社会保険)

従業員が常時5人以上になった、または任意適用によって加入する場合には、以下の書類を年金事務所へ提出します。

  • 健康保険・厚生年金保険 新規適用届
  • 被保険者資格取得届(従業員ごと)
  • 事業所関係書類(開業届や賃貸契約書の写しなど)
  • 賃金台帳や労働者名簿の写し

書類は事業所の所在地を管轄する日本年金機構(または事務センター)に提出します。原則として、雇用開始から5日以内に資格取得届を提出する必要があります。

freeeやマネーフォワードなどのクラウド会計サービスを利用すれば、これらの手続きをスムーズに行うことも可能です。

参考:従業員1人の個人事業主の社会保険について!2人・5人以下のケースも解説

加入しなかった場合の罰則やリスク

社会保険への加入義務があるにもかかわらず、未加入のまま従業員を雇用し続けると、個人事業主には法的リスクや金銭的な負担が生じます。

遡及徴収

未加入が判明すると、過去2年間に遡って保険料の支払いを命じられるケースがあります。これは労働保険・社会保険の両方に共通しており、労働保険では労働局、社会保険では年金機構が調査を行います。

追徴課税・延滞金

保険料の納付が遅れた場合には、延滞金や追徴金が加算されることがあります。特に、悪質と判断された場合は重加算金や行政指導の対象になる可能性も。

雇用関係助成金が受けられない

未加入の事業所は、厚生労働省管轄の雇用調整助成金や育児休業給付金などの助成制度の対象外となります。これは従業員にも影響を及ぼすため、トラブルの原因になりかねません。

求人票がハローワークで受理されない

ハローワークに求人を出すには、雇用保険の適用事業所であることが条件です。労働保険未加入だと求人が出せないため、人材採用にも大きな支障が生じます。

保険料の事業主負担と従業員負担の割合

社会保険に加入すると、毎月の保険料が発生します。個人事業主は、従業員の社会保険料を給与から天引きする一方で、事業主としての負担分も支払う必要があります

労働保険の保険料負担

  • 労災保険全額事業主負担
  • 雇用保険事業主と従業員で分担
    例:一般の事業では、事業主0.6%、従業員0.3%(合計0.9%程度)

保険料率は業種によって異なるため、最新情報は厚生労働省の発表を確認してください。

健康保険・厚生年金保険の保険料負担

  • 健康保険:保険料率の半額を事業主が負担
  • 厚生年金保険:同様に保険料の半額を事業主が負担

例えば、東京都の協会けんぽ(2025年度)では、健康保険料率は10%前後、厚生年金は18.3%。そのうち約半分が個人事業主の負担となります。

保険料は毎月の給与に応じて計算され、支払は翌月納付が基本です。また、従業員が退職する際なども資格喪失届の提出が必要となり、手続きの管理が不可欠です。

社会保険への加入は義務であると同時に、従業員の生活と安全を守る重要な制度です。個人事業主としては、法令遵守の観点だけでなく、事業の信頼性や従業員の満足度向上のためにも、正しい理解と迅速な手続きが求められます。

特に、制度に不慣れな初期段階では社会保険労務士や税理士のサポートを活用することも有効です。手続きの漏れや不備を防ぎ、円滑な事業運営を実現するためにも、制度をしっかりと理解しておきましょう。

参考:個人事業主が従業員を雇う際に知っておきたい保険と手続きの話

任意適用事業所として社会保険に加入する方法

任意適用事業所として社会保険に加入する方法

個人事業主が従業員を雇用する場合、社会保険の加入義務は「常時5人以上の従業員がいるかどうか」で変わります。しかし、従業員が5人未満であっても、労使の合意があれば社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入できる制度があります。それが「任意適用事業所」の制度です。

この章では、個人事業主が任意適用事業所として社会保険に加入するための条件や申請方法、認可後の取り扱い、そしてメリット・デメリットについて詳しく解説します。

任意適用の条件と申請方法

任意適用とは、社会保険の加入義務が本来はない事業所でも、労使の同意があれば健康保険・厚生年金保険に加入できる制度です。個人事業主にとっても、従業員の福利厚生の充実や事業の信頼性向上の観点から、積極的に検討する価値があります。

任意適用の対象となる事業所

以下のような条件を満たす個人事業所が対象となります。

  • 常時雇用している従業員が5人未満
  • 本来、社会保険の加入義務がない業種(たとえば士業、理美容業、飲食業など)
  • 従業員の過半数の同意を得ている

この「過半数の同意」は非常に重要な要件です。すべての従業員が賛成している必要はありませんが、事業所全体の労働者の過半数が賛成している必要があります。

申請方法と手続きの流れ

任意適用を希望する場合、以下の手続きを所轄の年金事務所に行います。

  1. 健康保険・厚生年金保険 被保険者適用申請書を作成
  2. 従業員過半数の同意書を添付
  3. 事業所の証明書類(開業届・賃貸契約書など)を添えて提出
  4. 日本年金機構の審査・認可を受ける
  5. 認可後、全従業員に対し「被保険者資格取得届」を提出

審査はおおよそ1か月程度で結果が出ます。認可されると、その日から事業所は社会保険の「適用事業所」となり、保険料の負担や事務処理が発生します。

参考:個人事業主が従業員を1人でも雇用したら社会保険に加入が必要?加入条件や手続き方法を解説

認可されたら全従業員の加入が義務に

認可されたら全従業員の加入が義務に

任意適用として認可されると、個人事業主の事業所は「適用事業所」となり、条件を満たすすべての従業員が強制的に社会保険へ加入する必要があります。

加入対象となる従業員

以下の条件を満たす従業員は、任意適用事業所であっても原則として社会保険に加入しなければなりません。

  • 所定労働時間が週30時間以上(または正社員の4分の3以上)
  • 契約期間が2か月以上
  • 学生でない

なお、従業員の一部のみを対象とすることは認められていません。社会保険の制度上、「一部加入」はできず、対象となる全員を加入させる必要があります。

保険料の取り扱い

健康保険と厚生年金保険の保険料は、従業員と事業主が折半で負担します。保険料は毎月の給与に基づいて計算され、翌月分として納付される形になります。

たとえば、東京都の協会けんぽを例にすると、健康保険料率はおよそ10%、厚生年金保険料率は18.3%程度であり、その合計の半分が事業主負担になります。

任意適用のメリット・デメリット

個人事業主が任意適用を選択することには、明確なメリットもあれば、注意すべきデメリットもあります。それぞれの観点から判断することが重要です。

任意適用のメリット

  1. 福利厚生の充実 社会保険に加入することで、従業員は出産手当金、育児休業給付、傷病手当金などの制度を利用できるようになります。
  2. 採用力・定着率の向上 社会保険完備の事業所として求人を出すことで、求職者に安心感を与え、応募者数や定着率の向上が期待できます。
  3. 信頼性の向上 顧客や取引先に対しても、社会保険完備の体制は「健全な経営」を示すアピール材料になります。
  4. 法人化への布石 将来的に法人化を目指す場合にも、社会保険制度に慣れておくことでスムーズな移行が可能です。

任意適用のデメリット

  1. 保険料の負担増 事業主としての負担が毎月発生します。従業員1人あたり年間数十万円の支出になるケースもあります。
  2. 手続き・管理の煩雑さ 毎月の保険料計算や納付、各種届け出など、事務作業が増加します。特に人数が増えると管理コストが大きくなります。
  3. 途中で脱退できない 一度適用事業所として認可を受けると、その後に従業員が減少しても脱退は認められません。状況に応じた柔軟な運用が難しくなります。

任意適用は、個人事業主にとって大きな判断ポイントとなる制度です。従業員の安心・採用面での強化につながる一方で、事業の規模や利益とのバランスも踏まえて検討する必要があります。

「従業員がまだ少ないから」と社会保険を避けるのではなく、制度を正しく理解した上で、自分の事業に合った選択を行うことが重要です。不安がある場合には、社会保険労務士に相談するのも良いでしょう。

参考:個人事業主が従業員1人、5人以下を雇う場合の社会保険加入の条件は?手続きや注意点も解説

個人事業主自身の社会保険はどうなる?

個人事業主自身の社会保険はどうなる?

従業員を雇用した場合、社会保険の加入義務は主にその従業員に対して生じるものですが、個人事業主自身が加入できる社会保険についても知っておくことが重要です。というのも、個人事業主は法人の役員や従業員と異なり、「会社に雇用される立場」ではないため、適用される保険制度が異なります。

このセクションでは、個人事業主本人が加入すべき保険制度の種類や、場合によっては特別に加入できる制度、さらに社会保険料の経費処理について詳しく解説します。

国民健康保険・国民年金が基本

個人事業主が原則として加入するのは、以下の2つの公的保険制度です。

  • 国民健康保険
  • 国民年金

国民健康保険

国民健康保険は、会社員が加入する健康保険(協会けんぽや健康保険組合)とは異なり、各市区町村が運営する地域単位の医療保険制度です。個人事業主として働いている人は、原則としてこの制度に加入することになります。

保険料は前年の所得や世帯人数などによって計算され、毎年金額が変動するのが特徴です。扶養制度がないため、扶養家族がいる場合は家族も一人ひとり被保険者として保険料を支払う必要があります。

国民年金

国民年金は、日本に住む20歳以上60歳未満のすべての人が加入する基礎年金制度です。会社員は厚生年金にも加入しますが、個人事業主はこの「基礎年金」のみを負担することになります。

保険料は全国一律で、2025年度の月額は約17,000円程度(変更あり)。将来受け取る年金額も一定の上限がありますが、iDeCo(個人型確定拠出年金)や付加年金などの制度を併用することで、老後の保障を厚くすることが可能です。

労災保険への特別加入ができるケース

原則として、個人事業主は労災保険の対象外です。なぜなら労災保険は「雇用されている労働者」を対象とした制度だからです。しかし一部の業種においては、「特別加入制度」を利用することで、個人事業主本人も労災保険に加入できます

特別加入の対象業種

以下のような危険性の高い業種で、事業主や一人親方として働いている場合に対象となります。

  • 建設業
  • 漁業
  • 林業
  • 運送業
  • 清掃業 など

この制度を利用するには、労災保険事務組合に委託していることが前提であり、個人で直接申し込むことはできません。事務組合を通して申請し、認可を受けることで加入が可能になります。

特別加入のメリット

  • 業務中や通勤中のケガに対して補償が受けられる
  • 高額な医療費が自己負担にならずに済む
  • 万が一の事故に備えられるため、安心して業務に集中できる

ただし、あくまで「一部の業種」に限られるため、すべての個人事業主が利用できるわけではありません。

社会保険料は経費にできる?

個人事業主にとって社会保険料は、事業と生活の両方に関係する支出です。では、国民健康保険料や国民年金保険料は「経費」として処理できるのでしょうか?

結論:経費にはできないが「所得控除」対象になる

国民健康保険料や国民年金保険料は、所得税の計算上「経費」にはできません。つまり、青色申告決算書や収支内訳書の経費欄に記載することはできず、事業所得の圧縮にはなりません。

しかし、以下のように「社会保険料控除」として所得控除の対象になります。

  • 国民健康保険料
  • 国民年金保険料
  • iDeCo(小規模企業共済等掛金控除)

これらを確定申告時に申告することで、課税所得が減額され、結果的に税負担が軽減されます。納付証明書が必要になるケースもあるため、保険料の支払い記録は大切に保管しておきましょう。

個人事業主として働く以上、自身が加入できる社会保険の内容と、その費用の扱いについて理解しておくことは不可欠です。従業員と同様に、自分自身の万が一や老後の生活に備えるためにも、公的保険をうまく活用し、必要に応じて民間保険や共済制度との併用を検討するのも一つの方法です。

参考:社会保険の加入条件とは?従業員側、事業所側の視点でわかりやすく解説【2025年最新】

法人化すれば社会保険の扱いはどう変わる?

法人化すれば社会保険の扱いはどう変わる?

個人事業主として事業を継続していると、「法人化」を視野に入れるタイミングが訪れることがあります。事業拡大による売上増加、従業員数の増加、取引先からの信用強化などを目的として、法人(株式会社や合同会社など)への移行を検討するケースは少なくありません。

この法人化によって、大きく変わるのが「社会保険の取り扱い」です。個人事業主であれば、社会保険の加入義務は業種や従業員数によって変動しますが、法人になると条件を問わず、社会保険への加入が原則義務となります。

この章では、法人化による社会保険上の変化と、事業主本人にとってのメリットについて解説します。

法人は従業員数に関係なく社会保険加入が義務

個人事業主の場合、従業員が常時5人未満であれば、健康保険や厚生年金保険の加入義務は原則として発生しません(※業種によっては例外あり)。しかし、法人を設立すると、この取り扱いは大きく変わります。

法人設立と同時に「強制適用事業所」に

法人は、設立と同時に健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所となります。つまり、従業員が1人もいなくても、役員だけであっても社会保険への加入が義務となります。

具体的には以下のようなケースでも社会保険に加入しなければなりません。

  • 社長1人だけの法人(いわゆる「ひとり法人」)
  • 家族を役員や従業員として雇っている場合
  • パート・アルバイトが1人だけの場合

この制度は、「法人格を持つこと=企業としての責任と公的制度への参加義務が生じる」とされているためです。年金事務所への届出も法人設立後すぐに行う必要があります。

加入手続きは早めに対応を

法人設立後、以下の手続きを速やかに進める必要があります。

  • 健康保険・厚生年金保険 新規適用届
  • 被保険者資格取得届(役員・従業員分)
  • 登記簿謄本、法人印鑑証明書などの提出

届出が遅れると、後から遡って保険料を徴収されるほか、延滞金や行政指導のリスクもあります。法人化を予定している場合は、設立手続きと並行して社会保険の準備も行いましょう。

法人化による事業主本人の加入メリット

法人化により社会保険への加入が義務になる一方で、事業主本人にとってもメリットがあるのは見逃せません。とくに、国民健康保険・国民年金のみの個人事業主と比べて、保障内容や老後資金形成の面で大きな違いがあります。

健康保険のメリット

  • 扶養制度があるため、一定条件を満たせば家族の保険料負担を軽減できる
  • 出産手当金や傷病手当金などの給付制度が利用可能
  • 医療費の自己負担割合が同じでも、制度的保障が厚い

国民健康保険には扶養の考え方がないため、家族の人数分だけ保険料が発生しますが、健康保険(協会けんぽなど)では「扶養家族」として保険料負担なしで加入できることがあります。

厚生年金のメリット

  • 国民年金よりも将来の受給額が多い
  • 企業年金制度との連携でさらに上乗せが可能
  • 配偶者が第3号被保険者となることで配偶者の年金保険料負担が不要

特に、将来的な老後資金形成という観点では、厚生年金に加入しておくことは大きなアドバンテージになります。

節税メリットも存在

法人化により支払う社会保険料は、法人の損金(経費)として処理可能です。個人事業主の場合、国民年金・国民健康保険は経費にはならず、所得控除止まりでしたが、法人では役員報酬にかかる保険料を法人経費として扱えます。

これにより、法人の所得が圧縮され、法人税の節税効果が期待できるという点も見逃せません。

法人化によって社会保険の加入義務が発生することは「コスト増」と受け取られがちですが、その分、事業主自身の保障拡充・節税・家族の負担軽減といった多くのメリットも得られます。特に従業員を継続的に雇う予定がある場合や、信頼性向上を図りたい場合には、法人化と社会保険の導入は強力な選択肢となるでしょう。

参考:【個人事業主向け】従業員雇用時のガイド|手続きや税務上の注意点を解説

個人事業主の社会保険に関するよくある質問

個人事業主の社会保険に関するよくある質問

Q. パートやアルバイトも社会保険の対象?

はい、パートやアルバイトであっても条件を満たせば社会保険の対象になります。特に注意すべきなのは雇用保険で、以下の要件を満たす場合には加入が義務となります。

  • 所定労働時間が週20時間以上
  • 31日以上の雇用見込みがある

また、健康保険・厚生年金保険についても、正社員の所定労働時間の4分の3以上働くパートやアルバイトは対象になります。さらに2022年以降の制度改正により、従業員数が101人以上(2024年10月以降は51人以上)の企業では、週20時間以上働く短時間労働者も加入対象となるケースがあります。

個人事業主の場合は上記の大企業向けの適用は原則ありませんが、任意適用事業所として認可された場合はパート・アルバイトも加入義務が生じる可能性があります。雇用形態にかかわらず、労働時間と雇用期間に応じた適切な判断が求められます。

Q. 社会保険料はいくらかかる?

社会保険料は、給与額と保険料率によって異なります。ここでは一例として、協会けんぽ(東京都・2025年度)に基づいた大まかな目安を紹介します。

  • 健康保険料率:約10%(事業主と従業員で折半)
  • 厚生年金保険料率:約18.3%(事業主と従業員で折半)
  • 雇用保険料率:0.9%前後(業種により異なる)

例えば、月額給与が25万円の従業員を雇用した場合、事業主が負担する社会保険料は以下の通りです。

  • 健康保険:約12,500円
  • 厚生年金:約22,875円
  • 雇用保険:約1,500円(一般の事業の場合)

合計すると、月額約36,875円が事業主負担となります。従業員側にも同額が給与から天引きされます。

なお、労災保険は全額事業主負担で、保険料率は業種ごとに異なります(平均で0.3%〜0.6%程度)。社会保険料は毎月発生するコストであるため、資金繰りへの影響も加味しておきましょう。

Q. 従業員の社会保険料は経費になる?

はい、従業員分の社会保険料のうち、事業主が負担する金額は「法定福利費」として経費計上が可能です。

  • 健康保険・厚生年金:事業主負担分(50%)
  • 雇用保険:事業主負担分
  • 労災保険:全額事業主負担

これらは会計帳簿上「福利厚生費」や「法定福利費」などの勘定科目で記載し、確定申告の際にも事業経費として計上することで課税所得の圧縮につながります

ただし、従業員の給与から天引きした保険料(従業員負担分)は経費になりません。あくまで事業主が支払った金額だけが経費対象ですので、帳簿処理は正確に行う必要があります。

参考:個人事業主で従業員1人雇った場合は社会保険への加入が必要?

まとめ:従業員を雇うなら社会保険のルールを押さえておこう

まとめ:従業員を雇うなら社会保険のルールを押さえておこう

個人事業主が従業員を雇用する際には、社会保険の知識が欠かせません。従業員が1人でもいれば、労災保険や雇用保険の加入が義務となり、従業員数が5人以上になれば、健康保険・厚生年金保険の加入も原則として必須です。

さらに、5人未満であっても「任意適用」という制度を利用することで、社会保険へ加入することが可能です。これは、従業員の福利厚生を整えたい場合や、事業の信頼性を高めたい場合に有効な選択肢となります。

一方で、社会保険には毎月の保険料負担や、手続きの煩雑さといった負担もあります。そのため、自社の経営状況や人員構成をふまえて、加入義務の有無を確認しつつ、必要に応じて専門家のサポートを受けることも大切です。

正しい社会保険の運用は、従業員との信頼関係の構築、採用力の向上、事業の安定運営につながります。個人事業主としての責任を果たすためにも、ぜひ本記事を参考に社会保険のルールをしっかり押さえておきましょう。